日本語教師を5ヶ月やって知ったこと、変わったこと

どうも、前野です。

日本語教師として働き始めて5ヶ月が経ちました。

 

 

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侍日本語学校フェイスブックページ

半年前、今年の4月に決め、そのまま流れるようにベトナムヘ舞い戻り、できて半年の日本語学校で講師として働き始めました。日本語教師として働くことになるとは思っていなかったし、もちろん日本語を教えることを大学で勉強したこともありません。手探りの中、やってきました。

 

 

そんな中で、自分の中で試行錯誤を繰り返し、生徒に向き合ってやってきたつもりです。

5ヶ月が経った今、自分の中でいろんな心境の変化や身につけたこともあります。今回はその期間で僕が身につけたことを共有したいと思います。

 

 

 

フレンドリーになった

 

 

 

まず始めに言えることは、フレンドリーになったことです。

僕は今まではよく言っても人並みのコミュ力、人見知りはしないけど、なんの特徴もない人間だったかと思います。

 

 

大学で人並みに話すようにはなりましたが、1年前から半年前にかけては人とぶつかるという初めての経験を経て、ひどく落ち込み、失敗を繰り返して、家に逃げ込んで、引きこもりとなりました。

 

それでも旅に出たかった僕は、これでは人生楽しめないと思い、決死の思いで武者修行プログラムに応募し、無理矢理自分と、人と向き合わなければならない環境へと自分を追い込み、なんとかはい戻ってきた次第です。

 

 

そんな僕はフレンドリーとはほど遠く、しかし強く憧れていました。旅に出たかったのは、世界を自分の目で見てみたいと思ったからですが、旅人のようなフレンドリーで明るく、ノリのいいアメリカ人のような人物像になりたかったからもあったのです。

 

 

ノリのいい人間は重宝され、友達もたくさんいて、人生得であるということは、大学のサークルで周りの人間を見て、知っていました。

 

 

僕は自分にプライドがあることを知っていながらも、そうなりたいと強く願っていました。そしてそれを旅をすることで突破できないだろうかと思っていたのです。

 

 

旅はまだ始まったばかりですが、ベトナムで日本語教師をやる上で、僕はそのフレンドリーさを身につけることができたと思います。

語学とはコミュニケーションです。

 

いくら文法や単語の知識があっても、それを使いこなせなければ宝の持ち腐れ。日本で英語を知識だけ溜め込んでいた大学生までの状況と同じです。

日本語が話せるようになるためには、日本語を話すことを繰り返すこと。

 

 

そして生徒に日本語を発させるためには、生徒と仲良くなる必要がありました。

 

語学とはコミュニケーション。コミュニケーション力が高ければ、どんどん身についていくし、低ければ身につきません。それをサポートするためには、僕への日本語の発信へのハードルを下げさせることが重要。つまり「話しやすい人間」になる必要があったのです。

 

今までのテンションで話していても生徒は答えてくれないし、日本語を話してくれない。

まずは仲良くなる必要があったのです。

 

思えば今まで通ってきた小中高という学校の中で思い出に残っているのは、いい先生がいた学年でした。いい先生であるかどうかは、そのとき関わった勉強にも大きく影響を及ぼすと言えます。

 

むやみに怒ったりしないし、フレンドリーで「先生、結婚しないの?」といじられてる先生ほど、記憶に残ってるし、時間がたった今でも、ラインでつながっていたりするものです。

 

 

しっかり生徒の僕たちと同じ目線で立って、教えてくれていた先生のときの勉強は、嫌いでも少しは頑張ったものです。嫌いな教科でも、先生がいい人だったら少し興味ももつし、イメージはよくなる。あんなに嫌いだった数学も、教えてくれる先生がよかったから僕はがんばっtrできたし、成績もよくなった。

 

そういう記憶をもとに考えると、日本語を教えるこの場所も同じ学校という名がついており、また生徒はいろんな不安を抱えてやってくる。言語の通じない異国の地からやってきた人間がどんな性格をしているのかわからない。

 

わからないものに関して怖いという感情を抱くのは当然のことです。

 

 

僕だって外国人と話すとき、自分の英語力に対して不安を感じますから。

 

それと同じこと。ましてや英語ほど外にあふれていない日本語が相手ですから、不安の量も倍増でしょう。それを解消してあげるためには、この人には心を開いてもいいと思わせることが重要だということに気がつきました。

 

 

自分でも気づかない間に日本にいるときより数段フレンドリーになったと思います。表情が豊かになったというかオーバーに表現するようになり、身振りも大きくなった。また名前を呼んであげることを意識し、ベトナム語に強烈に興味をもってあげることを意識しています。

 

 

自分の言語に興味をもってくれるだけで、その人との距離が縮まるのを知っていたからです。

 

それは日本語もベトナム語も同じ。試してみるとさっきまで淡々と聞いていただけの生徒たちが身を乗り出して、僕の発音を直してくれるようになりました。

 

言語は国境や人種を超えて、人間関係を作ることができる素晴らしいツールです。

 

このフレンドリーになることも最初は全然できませんでした。でもそうなる必要があると知ったときから、以前の先生に話を聞いてみたり、試行錯誤して今の状態までになりました。

 

今思うのはフレンドリーに損はない。そして今まで感じていた、人と会話するときの得体の知れないもやもやした感情、不完全燃焼感がなくなったことにすごく成長を感じます。

 

 

 

語学に興味を持つようになった

 

 

 

僕は語学に興味がありませんでした。英語もペラペラになったらすごいけど、今のレベルでだいたいわかるし、大好きなハリウッド映画も字幕があれば内容を知ることはできる。

 

字幕なしで見れるようになりたいっていうのも、変なとってつけた目標に過ぎず、プライドのようなものだと思い、別にそのために英語をうまくなろうという気もなかったのです。

 

ましてやベトナム語なんてベトナムでしか使えない言語。これから世界を旅するにあたっても、使う場所など他にないし、今の状態で生活できてるから、わざわざ限りある脳のメモリーを使って、勉強する必要もないと思っていました。

ロジカルに考えれば、こんな効率の悪いことはないし、ムダになりそうな予感しかしていませんでした。

 

 

しかし、同時に生徒とコミュニケーションがとれないというデメリットもあることは理解していました。しかし、日本語が話せるベトナム人を雇っているので、その人にお願いすれば、意見を聞くことは正直できる。だから勉強する必要はないという選択に至っていました。

 

 

語学に興味を持ち始めたのは、日本語を熱狂的に勉強するベトナム人とカフェに行くようになってからです。ぶっちゃけその影響をもろに受けただけです。その人たちは毎日楽しそうでした。なにかに取り憑かれたように日本語を話し、知らない単語を発した瞬間に会話をとめ、メモと翻訳アプリを動かす。

 

 

そして見て取れるのが、毎日微妙な変化であるが、確実に語彙の数が増えて日本語が上達しているということ。覚えた単語をすぐさまアウトプットしてインプットする。確実に引き出しを増やし、自分の目標に近づいていく。そして自分の夢を実現するためだったら、手段をいとわない。

 

ある人は仕事を最低限にし、毎日昼から旧市街へ繰り出して、日本人の旅行者を探して話しかけて友達いなるというもはや営業のようなことを行っていたり、自分が働くレストランに日本人が来たら積極的に日本語で話しかけ、仲良くなったらみんなを連れてカフェに集結する。何処へ行ったらいいかわからない旅行者がいたら、バイクの後ろに乗せてガイドする。

 

 

毎日日本人と話し、毎日新しい言葉を覚えて成長している姿は僕も一緒にいると、そのパワーを感じて多大に影響を受けます。

 

まず「なんでそんなに日本語に興味があるのか」と疑問に思い、関心が出てきます。

 

また「これは日本語でなんて言うの?」と聞かれて答えると、人間とは不思議なものでそれに対してオウム返しをしてしまいます。「これはベトナム語でなんて言うの?」と聞くようになりました。

 

そのとき、友達は僕がベトナム語に興味を持っていることに関心を示し、もっとベトナム語を教えてくれるようになったし、しまいにはベトナム語で話しかけてくれるようになりました。半分おもしろがって、そういうことをしているのですが。

 

 

単純にそうやってベトナム人との距離が近くなり、友達が増えていく感じがものすごく楽しいことに気がついて、それからいつの間にか話すようになったし、日本語を教えると同時に反射的にベトナム語を聞くようになりました。

 

少しずつベトナム語を覚えるうちに文法が簡単であることが分かってきたり、日本語と似ている発音の単語があることを知ったり、

 

日本語と発音が似ているベトナム語3

 

 

ベトナム語は中国語の影響を大きく受けていることを知り、100年前は漢字を使っていたことなど、歴史も少し知ることができました。

 

そうやって小さな好奇心から始まって、自分の知見が広がり、興味が増えていくことはうれしいことです。

 

いずれはスペイン語を学ぶつもりでしたが、趣味で韓国語と中国語を学んでみようと思っています。

やりたいことが増えて幸せです。

 

 

日本語を教える難しさ

 

 

僕たち日本人にとって、日本語は日本に生まれてから物心ついたときには身に付いていて、自分で意識することなく、当然のごとく学んできた言語です。

 

それは英語を母語にしている人と同じで、教えることができない。なぜならら教え方を理解して教えられ、学んできたけではないからです。

 

生まれた瞬間に解放され、全開になった汚れのない純粋な感覚すべてで日本語に接し、周りの大人の発するものを順序もなく片っ端から吸収し、真似をすることで身につけていった日本語と大人になってから、意識して身につけようとする日本語では、やり方が異なります。

 

 

英語を勉強してきているのでわかるとおり、2つ目の言語からは勉強法が異なり、一つ目の言語をベースにした勉強法になる。それは基礎となる言語から対応させて学べる部分が多いため、それが効率がいいとされ、それは僕でも理解することができる。

 

しかしここで、問題が起こる。僕たち日本人は第一言語として日本語を勉強してきており、第二言語としての日本語を知らない。そして先ほども書いたようにこの二者は勉強の方法が全く違うため、教え方が異なる。

 

ただ日本人であるだけでは第二言語の日本語を教えることはできないに等しい。

僕たちが持っているのは、世界中の誰よりも「日本に長く住んでいる」という経験値だけだ。

 

 

日本語を教えることに関しては、日本語を第二言語として勉強してきた日本語の力試験の資格を持っているベトナム人の方が優れているのではないかと思われる。

 

しかし、日本に20年住んでいると言う経験は世界中の誰もしていない。これは日本のことを知りたい、日本語を学びたいと言う人にとっては夢のような経験値を持っていることになる。

 

日本のことを1番よく知っていて、最も楽しいことに近い日本を語ることができるのは、4人だけの特権である。これは日本語を教える時にも充分役立つスキルである。

 

あれはどういう時に役立つか。それは日本語1から学ぼうとしている外国人にとってどの表現をよく使いとの表現を使わないか、またこの文法は正しいか正しくないか、その判断はすることができない。

 

そこで日本人はその文法であったり、表現方法であったり単語や熟語がその場面で適した表現かどうかを判断することができる。

 

またその表現が適切でなかったときに違う表現を即座に定義することができる。

経験値に基づいた最も日本のリアルに近い日本語を提供することができる。

 

僕は「日本語を最もわかりやすく簡単に教えることができるのは日本人であるとは限らない」と思っている。

 

 

しかし1番リアルに基づきいろんな場面を経験してきた我々日本人はその経験則に関する事柄において右に出るものはいない。

またネイティブスピーカーであるから、当然のごとく発音も日本人の耳に通じる発音になっていることは間違いない。

 

外国人が日本語を発したときにそれが日本で通じるものなのか、それを実験台として確認することもできる。

いずれにしろ、日本人には外国人の持っていないものを持っており、それを求めている人にとっては間違いなく役に立つものだ。

 

 

僕たちは日本語をいつの間にか身につけていたが、これから勉強する人にとっては、全く知らない文字を92文字(ひらがな、カタカナ)覚えるところから始まる。

 

それがいかに難しいことかということも日本語を教え始めると初めて思いおこされる。

ここに書いてはきりがないほど、日本語を勉強するのに相当なハードルがあることは想像に容易い。

 

 

だからこそ僕たちはそれに立ち向かおうとする人たちに対し、寄り添ってサポートし、一緒にその夢に向かって行くことができると思います。

 

 

まとめ

 

日本語学校で働いて変わったことは多いです。自分でも意識していないことでも、変わっていることがたくさんあります。

そしてそれを振り返ってみたとき、成長に気づきます。成長と変化が常に起きていて、それの中毒にありつつあります。

もっと成長したい、もっと変わりたい。

考え方もどんどん新しい概念が入ってきて、自分の中の凝り固まった考えが修正されていき、新たな自分に生まれ変わっていきます。

この瞬間に取り憑かれてしまえば、自走式エンジンは自然に生まれます。

 

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まだまだ僕は未熟者です。本当に社会に関わり始めて半年ほどです。僕の全力をもって、発信も続けていきます。乞うご期待。

 

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【プロフィール】 〜旅する日本語教師〜  前野圭祐(まえのけいすけ)

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愛知県出身の23歳の日本人。名古屋大学を卒業後、大学院に進学するが、一冊の旅の本に出会い、それに衝撃を受け、中退。旅を中心に生きていくことを決意した。

2017年5月に世界一周へ出発。旅のテーマは「好奇心」。テーマを決めず、自分の「好奇心」に従う旅をし、そこで感じたことを様々な方法で発信する。その方法はこのブログ、noteによるエッセイ、詩、YouTubeによる動画、トラベルライターなど。今後も発信を続け、大好きな文章を中心に活躍の場を広げていきたいと思っている。

2017年6月〜11月の間は、ベトナムのホイアンで日本語学校の講師として働いている。

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