【名古屋大学生が語る受験の本音】2-1.誕生〜小学校時代

2-1. 誕生〜小学校時代

 僕は愛知県の春日井市に生まれ、いわゆる普通の家庭で育ちました。親は優しく、門限を破って一度正座をさせられて怒られたことがあるくらいで、基本怒られたことはありません。外に立たされることもなかったし、遊んでくれるし、話もよくするし、よくお出かけもするし、高校まで家族でディズニーランドに行ったりもしていました。そんな穏やかな家庭だったのもあり、反抗期もあまりありませんでした。

 小さい頃は活発でよく転んでけがをするドジな子だったそうです。小学校にあがると、勉強は母親に教えてもらいながら、やっていました。3年生から進研ゼミに入ってそれも真面目に取り組んでいました。赤ペン先生という提出課題も毎月ちゃんと出していました。勉強に抵抗はなかったです。かといってすごい興味があったわけでもありません。親が言うには覚えはいい方らしく、小学校のテストでは80〜100点をコンスタントに取っていました。この頃から親に「勉強しなさい」と言われたことはありませんでした。言われる前にやっていたからです。やることは終わらせてから遊ぶという親の教育の賜物です。かといって勉強ばかりやっているわけではありません。ゲームもめっちゃやっていました。ポケモンです。一日一時間と親に決められていたのですが、もう楽しすぎてそれはしょっちゅう破っていて、「ゲームやめなさい」とはよく言われていました。

  高学年になると、漫画を読み始めました、「ワンピース」と「NARUTO」です。友達と休み時間にバスケをしたりもしてました。

  6年生になると外に出ず「デルトラクエスト」「ダレンシャン」「ハリーポッター」などの小説をよく読んでいました。

  このときから何かにはまると熱中してしまい、他のことをしなくなる傾向はありました。

 ここまで見ると普通の小学生だと思います。みんながはまってるものをまんべんなくやってるし、運動も本もゲームもして、ガリ勉なんかではなかったです。ただ漢字は書道を習ってたのもあって、好きだったので新しい漢字を習うと、ノートに書きまくって練習するのが趣味ではありました。

 これからの時代は英語が必要になるからと小4から英会話に通っていました。そのおかげで楽しく英語を学ぶことを知ったので、中学に入って英語に対する抵抗はありませんでした。英会話ではゲームを中心に楽しく英語に触れる程度の内容を扱い、ABCは全部言えるかなくらいのレベルでした。しかし、陽気で元気なカナダ人の先生が相手で、本当に楽しく、毎週木曜日に遊びにいく感覚で英会話に通っていました。6年生のときには英会話の企画で初海外のオーストラリアに10日間行きました。そのときは海外には興味がなかったので特に英語も上達せず、ただ行ったことがあるという履歴だけ残った感じです。毎日午前は英会話教室に通い、午後は動物園に出かけたり、ビーチに行ったりしましたが、あまり印象に残っていないのか、はっきりとは覚えていないです。覚えているのはきれいだと思っていたビーチがごみだらけで全然きれいじゃなかったことと、どこかに出かけるたびに、持っていたインスタントカメラをおいてきてしまい、写真を残すことができず、友達に焼き増ししてもらったということ、電車のつり革が三角で筒の間を自由に動かせるということくらいでしょうか。海外が大好きな今の自分からは想像もつかないことです。アルファベットもすべて書けるか怪しいくらい英語力の上達には関わりがなかったのですが、小学生のうちに貴重な経験ができ、楽しく異文化に触れ、日本語以外の言語にふれ合い、これから英語は必要になるということをなんとなく感じ始めたころでした。