【名古屋大学生が語る受験の本音】1. はじめに

名古屋大学生が語る受験の本音

目次
1. はじめに
2. 僕の勉強の軌跡
2-1. 誕生から小学校時代
2-2. 中学校時代
2−3. 高校時代
3. 大学の実際
4. 学校と社会の関連性
5. 各教科の面白いところ
6. なぜ勉強するのか

はじめに

はじめまして。僕は前野圭祐と申します。この本を買っていただき本当にありがとうございます。始めに簡単な自己紹介をさせていただきます。僕は愛知県の春日井市という田舎とも都会とも言えないところに生まれ、そのまま大学まで春日井市で育ち、地元の公立小学校、中学校に通い、高校は愛知県立春日井高校に進学したのち、大学受験で名古屋大学に現役合格し、4年間工学部にて勉強しました。そのまま大学院に進学しましたが、中退し、今世界一周をしています。2017年現在、23歳の青年です。

この本は僕が大学受験を控えた高校3年生のとき、必死に勉強して苦しんだり悪戦苦闘しながら現役で名古屋大学に合格した経験をこれからの受験生の方、これから勉強していく方に伝えたいという思い、そして勉強に対する考え方や受験をどうやって乗り越えたらいいかを悩んでる人の助けに少しでもなればいいなと思って書くことにしました。

世の中の本屋にに問題集や参考書、勉強の方法や解き方、テクニックなどを記した本はたくさんあります。しかし、僕はそこでふと疑問に思いました。なぜ「勉強の考え方」を記した本はないのだろう、と。「なぜ勉強するのか」「勉強した先に何があるのか」を書いた本など、見たことがない。少なくとも受験シーズンになると書店の棚に並ぶ赤本や参考書の陳列の中にそのような本は見たことがない。受験を終え5年がたった今、思ったことが一つありました。世の中にはテクニックや方法論を説いたものはあふれているが、その前に重要になるそれに大しての向き合い方、マインドを教えてくれるものが少ないのではないか。僕は何事にも始める前に大事になるのは「考え方」だと思っています。だから僕は勉強のテクニックではなく、どうやって勉強に対して考えたらいいか、僕の持論をもとに書いていきたいなと思いました。

僕は受験によって人生が大きく変わりました。受験を頑張ったおかげで大きく得たものがあり、何かに全力で取り組むことを身を以て体験したことで、その後の数年間の生き方も変わったように思えます。受験のおかげでみんなが気づいていないこと、知らないことを知ることができたり、嫌なことにどうやって向き合うかを考え、実践し、失敗を繰り返しました。そのたびにくじけず、試行錯誤を繰り返して、自分なりの勉強の仕方を見いだし、それを突き通し、合格へとつなげることができました。そういう体験を知らずにムダに1年過ごしたり、その後の人生に影響を及ぼしてほしくない。受験の無為相方を変えることで、嫌いだった勉強も好きに帰ることもできるし、受験の一年を退屈なものからより楽しく、面白く、刺激に満ちたものに変えることができます。誰もが嫌いな勉強、そして向き合いたくなくてずっと避けていた勉強と嫌でも向き合わなければいけなくなる大学受験の壁。その一年をどう過ごすかによって、その後の人生に大きく影響を及ぼすことになるのは、日本の社会のシステム上、そして日本人全体の考えがある以上、避けられないことです。なので学校の勉強がいくら嫌いであっても大半の人は一生懸命勉強して努力の結果を証明して、人に認めてもらう必要があるのです。大学受験は高校生のほとんどが必ず通る道と言ってよいでしょう。

受験という長く苦しい期間を乗り越えた先にある、大学はこれまでとは異なる形をした学校であり、1人の大人として認められ、今まで親の元、先生のサポートのもとで育ってきた中、やれること、やっていいことがうんと広がる大きな変化点にあります。高校までは交通手段も自転車か電車で移動し、行動範囲も市内、もしくは隣の市くらいまでで、遊ぶことといえばショッピングモールにたまったり、カラオケやボウリング、デートするにも映画館に行くくらいのことしかできなかった。それが大学に入ると、交通手段は車、新幹線、飛行機を使えるようになり、アルバイトでお金を稼ぐこともできる。行動範囲は飛行機を使えばもう市内どころか世界中にまで広がる。大学を一年休学して、世界一周をする者もいれば、外国に一年留学をし、違う言語を身につけてくる者もいる。またサークルや部活も自由度は増し、アカペラやライブなど音楽をはじめとし、高校までと同じスポーツを今度はさらにガチでやることもできるし、そこまでガチではやりたくないと思えば、ゆるく男女でワイワイしながら楽しみつつスポーツをするサークルもある。なんならこんな集まりがあったらいいなと思えば自分でサークルを作ることもできるくらい、遊びも勉強も自由度を急激に増す。そして大学卒業後の就職を考えた時に、人生の中で唯一自由に遊ぶことを許された究極の4年間。それが大学生活です。よく大学の4年間のことを「人生の夏休み」という表現も使ったりします。日本に数多ある大学の中から自分の行く大学を決めることはその「人生の夏休み」を棒に振るか、充実したものにするかを決めるめちゃくちゃ重要なことなのです。

そんな4年間の全てを決めると言っても過言ではない高校3年生。大学に入ったらきっとやりたいことが見つかるかななんて淡い期待を描きながら、それでも今はそんなこと想像できないから、将来のことを見据えて、漠然といい大学に進学し、いい会社に入るという人生をぼんやり思い描く。そんな高校3年生の4月。不安や期待が入り混じった複雑な心境がそこにあるのを感じます。僕もそうでした。そのころは将来のことなど全く想像もつかず、安定した会社に入ってそのまま定年まで働くというビジョンをぼんやりと掲げていました。今の高校生にもそういう人は多いと思います。
この1年で受験生は大きく二通りに分かれます。受験を頑張る人と頑張らない人。残念ながら、大学受験の頑張りによってその後の人生に大きく影響が出ることは現在の日本においては避けられません。それは周りの大人たちにもうるさいほど言われるし、自分でもそれはわかっている。でもなんで苦しい勉強をしなければいけないんだ、と感じてしまう気持ちもあります。自分の考えは間違ってて、親や先生の言うことが正しいのかなあなんて不安に思いながら仕方なく勉強するという人もいることでしょう。しかし、その不安は間違いではありません。本当にいい大学に進学すれば今後の人生が良くなるのか。そんなことはわかりませんし、いい会社に入ったからと言って60歳までの終身雇用が保証されるかも絶対ではありません。人生なにがあるかわかりません。
そんな不安を抱えている中、クラスを見渡すと明らかに1,2年の時とは勉強に対する意識が変わり、着々とテストの点数を上げている友達も増えてきている。余計に焦りと不安は加速していき、周りの雰囲気に流されて勉強しなきゃいけない理由を考えないまま中途半端な気持ちで受験勉強を始める。そして模試があるたびに「今の自分がいけそうなところ」を志望校に書き、1年間の受験を終えていく。そんな人が多いんじゃないでしょうか。

そんな不安が教室を渦巻く中、みんなと同じ場所で勉強していた僕がどうやってべんきょうに突破口を見つけ出し、勉強のつらさに耐え、苦痛の1年間を乗り越えて見事地元の名門名古屋大学に合格することができたのか。それをお話ししたいと思います。

しかし、はっきり言って高校3年生の1年間をそんなことで終わらせてしまうのはめちゃくちゃもったいないです。1年もあればたとえ初めなにもスキルを持っていなかったとしても、そればかりやればたちまちその道のプロフェッショナルになれるくらい長い期間です。その1年間をどう過ごすかで人生変わってくるということは言葉に表しただけでも想像に難くないはずです。そうやって不安を感じながら受験期を過ごしている人は周りとどんどん差ができていくのを感じて焦り、余計に負のスパイラルへと入っていってしまいます。
そういう人は勉強している人に対して、「なんであいつはあんな努力できるんだろう?」「なんで勉強できるんだろう?」と考えるでしょう。なんでこんなに嫌なことを我慢してやれるのかと。
しかし、僕は勉強ができることに「才能」は関係ないと思っています。名古屋大学まで入ることができた僕がそう思うのだからそれは間違いありません。僕は元から勉強ができたから名古屋大学に入ることができたわけではありません。僕は誰でも入ることができると思っています。それは特別なやり方をするとか、テクニックとか、頭の回転がいいという問題ではありません。もっと根本的なこと。
高校時代周りの友達はそこまで受験に真剣ではありませんでした。自分で言うのもなんですが、ここまで勉強に打ち込んでいる人はなかなかいなかったと思います。確かに他の人と量も違うし、質も違う。でもやっている勉強は同じですし、同じ教科書を使っています。なのでそこまで勉強の出来に差が出るはずがないんです。基本的にはみんなと同じです。
しかし、一点だけ他の人とは確実に違ったことがあります。
それは勉強の「捉え方」です。僕にとっての勉強とはなにか、なんで勉強しているのか、その理由。これは勉強の仕方やテクニックなどを覚える先にある根っこの部分です。これが全くぶれない明確なものだったから、僕は勉強を続けてこれたんです。他は普通です。みんなと同じです。暗記するときは単語帳使ったし、みんなと同じ問題集を使って勉強してました。ただ、勉強の「捉え方」が違ったから、そのやり方や勉強量にも違いが出てきたというだけです。僕は勉強であったり、受験というのを難しく捉えて欲しくはありません。非常にシンプルなんです。
『なんで勉強するのか』
これを明らかにすれば勉強なんてできなくても頑張るようになります。頑張るようになればできるようになります。
シンプルです。勉強する理由さえわかればあとは悩む必要はありません。やるだけなのです。
「勉強やりたくない、でもみんなやってるしなんもやらんよりはやっといた方がいいのは分かってる。でもやりたくない。」と悩むのは時間の無駄です。僕はそんなことで悩んで欲しくないのです。だから僕は勉強のやり方とかテクニックではなくて、なんで勉強するのかという理由を理解し、頭の中のモヤモヤをすっきりさせて、素直に勉強できるようになってもらいたいのです。